仕事をした時の思い出として、尊敬する上司はおられますか。
----田中
尊敬する上司は思想、哲学的な面では松下幸之助創業者ですね。そして直属の上司ではありませんが松下の商品を販売していただいていた
優秀なご販売店の店主様です。この小売店様のご支援、ご協力があってはじめて松下電器の生成発展がある。
30歳という若さで岡山の販売会社の社長に赴任しましたが、お得意先が松下成長の源泉であることを身体で知りえたのは私の大きな財産になりました。
では、これまで様々な企業での経験をされてきた田中宰先生が大切にしてきた事とは何ですか。
特に田中宰先生は経営理念という事をとても大事にされている事を本の中でも書かれていますが、
その部分についてお話いただけますか。
----田中
企業の生成発展の鍵は、第1に「ビジョン(経営理念)」第2に「マネージメント力」第3は「現場力」です。
なかでも大事なのは、「ビジョン(経営理念)」でしょう。この会社は何のため、誰のためにあるのか、この主軸が定まっていないと
一時的な繁栄を勝ち得たとしても継続的な発展は望むべくもありません。それは歴史が証明しています。もうひとつは、「現場力」です。
その現場を支えるのは「ひと」です。ひとりひとりの社員です。
そのひとりひとりの社員が「なりたい自分になる自分」を持っていることです。この「なりたい自分になる自分」と会社のビジョンが
同期化して初めて会社は持続的な発展が可能となります。「経営の道」それは「人の道」と行っても過言ではないでしょう。
「ビジョン(経営理念)」を持った会社と「なりたい自分になる自分」を持った社員のイコールパートナーシップが求められます。
阪神高速道路では国営から民営に移り変わった時に田中宰先生は会社としてどのような改革を行われたのですか。
----田中
民営化というのは自由な身になったということなのですが、自由の代償として責任が求められます。
民営化された阪神高速道路には4兆円の債務返済というとてつもない責任が課せられていました。
この重圧をはねのけて躍動する会社を創設する、これが私に与えられた使命でした。
こだわったのは「自主責任経営」の徹底実践でした。
国の従属から脱し、阪神高速道路独自の自立した経営体系をつくる。経営理念(ビジョン)にはじまり、戦略、政策、マネージメント体系を
順次構築導入、日々徹底実践して参りました。退任の時にはこれらを集大成し「阪神高速経営讀本」を作り上げ関連子会社を含め全社員に配布、
引き続きの徹底実践を要請し役を終えました。
その中でもこだわっていたポイントは?
----田中
若い社員との対話ですね。「ざっくばらん懇談会」と名付け膝を交え時に酒を酌み交わして交流を深めました。
経営の前提は相互理解です。トップの思いを伝えると共に現場の声をトップが直接聞く。コミュニケーション・イコールパートナーシップ。
これは時代や場所を超えて「経営の基礎的条件」と言って過言でないでしょう。
もう一つは「しつこさ(執念・執着心)」です。「一歩前へ」それが出来たら「もう一歩前へ」そして次は「さらにもう一歩前へ」。
しつこくこだわり続けた5年間でした。
トップの真剣さというのは大事ですね!
ここまでは成功の秘訣を聞いてきましたが、逆に失敗談などありますか。
----田中
松下電器は平成13年に4,300億を越える未曾有の赤字になりました。私はその時、専務取締役で国内の営業全般を見ていました。
松下始まって以来の大リストラを命じられました。工場、営業所の統廃合、オーナーの退陣要求、早期退職、大幅な人員削減、
賃金賞与福祉のカット等々企業の生き残りの為に考えられるあらゆることを断行しました。お陰様でリストラは功を奏し、マスコミは松下の
V字回復ともてはやしました。しかし私はそれを素直に喜ぶことはできませんでした。
このような事態を招いた要因は社員やお得意さんにあったわけではないのです。時代の変化・競争環境の変化が読めなかった。
変化への対応が遅れた。できなかった。
その責任はすべて私を含む経営幹部にあったのです。先見性、洞察力、これは経営者に求められる絶対条件でしょう。
企業であれ国であれ「変化への対応」「日々新た」を怠った時、必ず滅亡するという教訓です。
今もって胸がうずきます。
これまではビジネスの事を中心に田中先生にはお伺いしてきましたが、田中さんの人生理念は何ですか?
----田中
「人間」・「今日全」・「天下」です。「人間」という字は人と人の間と書きます。私は自分が好きです。そして大事です。
だからその向こうにいる人を自分と同じように愛し、そして大事にしなければなりません。
「今」という瞬間は二度と取り戻すことができない貴重な財産です。「今」という時を懸命に生きること、それが2番目の「今日全」です。
お天道様に恥じない生き方をする、それが「天下」です。天下人とは一般に言われる功なり名を遂げた偉人、成功者でなく、お天道様に向かって
「貴方に恥じない生き方をしています」と答えられる人のことです。 「人間」「今日全」「天下」をこれからも求め続けたいと思っています。
21世紀の若手経営者へのメッセージをお聞きしてよろしいですか。
----田中
軸がぶれない確固たる理念(ビジョン)」を持つこと「なりたい自分になる自分」を持つことですね。「
自主自立」「自主責任」の精神の確立です。もうひとつ成功への道筋で忘れてならないこと。それは「執着心」「執念」です。
もう聞き飽きた言葉でしょう。しかし当たり前のことを当たり前にやることがなかなかできないのが人の常です。
経営の難しさはここにあります。一度自分が歩んできた人生を振り返ってみては如何でしょう。 「経営の道」それは「人の道」ではないでしょうか!
本日は誠にありがとうございました。
(2012年7月2日取材)
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