松下幸之助さん自身もビデオの開発競争には直接関わっていらっしゃったのですか?
----谷井
当時は相談役でしたが、ビデオ事業部長だった私の日記には2日とあけずに相談役という言葉が出てきます。それくらい気にかけていらっしゃいましたし、私が報告に行くことも多かったですね。ある時には『VHSとベータの両方がかかる機械を作れないのか?』と言われたこともありました。競争は大切だが程々にしないといけない、相手のことを敬意を持って考えなければいけないと、相談役も思っていらっしゃったのではないでしょうか。
谷井さんが松下幸之助さんから学ばれたことはたくさんあると思いますが、中でもこれから大きくなっていこうとしている経営者の方々に知って欲しいと思うことをお聞かせ頂きますか?
----谷井
私が松下幸之助さんから学んだ一番のことは、人を大切にすることです。それは、人の能力を活用するためにはどうしたらいいかということをいろいろと考えることです。松下幸之助さんの言葉で“衆知を集める”という言葉はよく知られていることだと思いますが、この言葉には、人を育てる、人を活かす、人に任せる、人の知恵を借りる、その知恵を社会に受け入れられるようにする、という意味を含んでいます。たくさんの人の考えをひとつにまとめて実行するのが社長です。そして実行することに対しては、社長は常に関心を持ち責任を持たなくてはいけないということですね。また、トップに立つ人はしっかりした考え方を持って経営に臨み、その考え方を社員に常々伝えていくことも大切なことだと思います。経営理念やフィロソフィーというものを社員の心に、いや大脳に叩き込むくらいまで語ることだと思います。
トップの考えが経営全体を左右するということですね。
----谷井
私がよく引用させて頂いている言葉に『職場は一将の影である』という言葉があります。この意味は、組織の長の姿勢や考え方が全ての社員に反映されているということです。社員がミスや不祥事などを起こした場合、それはその人だけの責任なのではなく、経営者にも責任があります。そうさせてしまった何かがあるのです。だから経営者は常々自らの姿勢を正さないといけません。そして先程も申し上げた通り、何よりもその姿勢や考え方をきちんと社内に伝えることが大切です。経営方針も同じように伝えて、会社の向かうべき方向を示すことも大変重要なことだと思います。
谷井さんの座右銘『心が変われば運命は変わる』という言葉のご説明をいただけますか?
----谷井
まず、心を変えること=(何かをしようと)決心すると、次に行動が変わってきます。そしてその行動をやり続けていると習慣になってくる。習慣としてやり続けていると、それは人格をも変えることにつながります。そうすると最後に運命も変わってくるということです。運命というのは基本的には変わらないものですよね。それはそうなのですが、決断することからスタートして人格=考え方まで変わるところまで至れば、同じ運命でも見方が変わり違ったものになってくるということです。また、運命自体は変わらないのかもしれませんが、運命=縁を大切にすることはできるはずです。悪い縁であればいい縁にしていこうと考えることや、いい縁を積極的に活かしていこうと思うこと、それが“決心”することであり、引いてはその運命自体との向き合い方が変わり、変わらなかったはずの運命が変わってくることにつながっていくのではないでしょうか?
確かにそうですね。それでは、若手の経営者に対してメッセージを頂きたいと思います。
----谷井
経営者に限ったことではないのですが、日本人はもう一度“公の心”を呼び起こすことが、まず必要なのではないかと考えています。人間は自分ひとりだけで生きているわけではないのです。自分を愛することは家族を愛することにつながり、家族を愛することは地域を愛することに、地域を愛することは、それをさらに広げていくと国を愛することにつながります。「愛国心」というと違う意味で捉えられかねませんが、戦争行為を助長したり擁護したりする意味ではなく、本来的にはその人が人間としてのアイデンティティを持つということだと思います。これからの時代、世界の中での日本を意識していかざるを得ません。世界から尊敬される、頼りにされる日本になるには、そのような“公の心”を持っていることが非常に重要です。現実的には科学技術の力を平和的に活用していくことによって、世界に貢献することがこれからの日本のあるべき姿です。そうした観点から考えると、企業経営についても企業が社会的な存在であることを意識し、社会的責任や社会的貢献を考えた経営を行っていくことを望みます。
本日は大変ありがとうございました。
(2007年1月22日取材) |